「今日は楽しませてもらうわ!」と、玄関を出た。いつもの様に・・・とまでは行かないが、ママが送り出してくれた。過ぎてしまえば・・・だが、たくさんの行事や出来事があった。9月30日小学校の運動会前日、ママは持病の椎間板ヘルニアが悪化し動けなくなった。まぁ、運動会の弁当は、毎年、私が作るのでいいのだが、手伝いをしてもらえないのはチト辛い。結局、深夜1時半に起き出し、のそのそと、親戚を含めて11名分の弁当を作った。 最近、ウォーキングも停止状態である。重くなった体が気になるが、受験生がいたり、ありとあらゆる状況が押し寄せているのに、「遊び」だけは、コンスタントに続けている私なのだ!ノー天気と言えば、そうかも知れない?いやその通り!家族の今後?考えているつもりである。いつまでこの状況が続けられるかは不安だが、私、4人の子供、そして家庭、さらに夫婦は、努力無しには維持出来ない事も肝に銘じなくては・・・。ここに、そんな事書く事も無いのだが、状況や心境が見える方がいいと思っている!
3峰が見えた。1峰を過ぎ、ここまで来たのは、「3峰をやりましょう!天空への階段を!」と、どう見ても痛々しい姿勢の小松の親分が言うからである。
小松の親分は、すぐれぬ体調で「天空の階段ルートをやりましょう!」と言うのである。「えっ?大丈夫・・・。」と思いつつも、ロープを繋げる嬉しさの方が勝っていた。 「天空への階段ルート」は、比叡山3峰の右端に引かれたルートである。いきなりきついスラブの直上から始まる。いつになくぎこちない登りでスタートした小松の親分であるが、身体の状態から察すれば仕方ないと思う。しかし、挑戦しているのは、フリーなら5.11aのきついスラブである。A0になりながら、40mのスラブを抜けた。フォローの私は、終始アブミのご利用である(^o^;)。
クライミングに何を求めている?私にとっては、「楽しさ」とか、「達成感」ではない気がしている。いつも考えているのは『いつ止めようか?』という事であり、それは、登山そのものもである。今、私は一人で山歩きをする事が苦手になってきている。いつも一緒に行ける誰か?を求めている。そんな行為は、本当は私にはふさわしくないんじゃないかな・・・?。兄弟もない一人っ子で複雑に環境で育ち、そして両親も他界している。いつも一人で考え動いて来た。山岳会に所属しても、仲間たちと行動できない事に慣れている。どちらかというと、多数を好まない性格なんだと思う。人一倍、寂しさを感じるくせに、一人を意識している。いつも耐え難い寂しさに襲われると、もともと一人ぼっちだった事を自分に言い聞かせて来た。幸せな家族に包まれながらも、それは多分、私には有り得ない『夢』世界なのでは?と、首筋に流れる汗を意識してしまう。強い孤独から、私はいつも何かの力を生じさせて来た。『幸せ』こそ、バーチャルな世界なんだ!と、夢から覚める事を恐れている。現実に、こうして厳しいクライミングの中にいる時、夢ではない現実にいるのがたまらなく嬉しい。んんん・・・ヤッパリ、暗いなぁ〜水流ちゃん(-o-;)
5P 25m 5.9 A1 (フリー5.11b/c) フリーで登るなら、なんとスラブの5.11b/cである(◎_◎)スンゲー! なんやかやと、登攀のレポートを書く時の表現を考えるのだが・・・ 「天空への階段ルート」恐るべし!である。
『行きたいなぁ〜!』と思っていた頃に、小松の親分の親分の体調不良を聞いた。『無理すると、これからが大変だしなぁ〜!』と我慢している頃『行きましょう!』と言う事になった。日常とは違うこの空間は、やはり深い落ち着きを感じる空間である。なのに、その岩や山という行為を閉ざしてしまおうと思うのはなぜだろうか?「今」を楽しむ事が出来れば、それでいいのではないだろうか?だが、「今」を楽しまなければ・・・という行為は、相当に犠牲や迷惑をかける行為なのかな?と感じている。そういう気持ちを抱きつつ、次回の記録を書ける事を期待する。 いつもの様に、「じゃ、温泉に行きましょう!」と言う事になった。素晴らしい一日だった。仲間あっての今日の充実感である。「来週は?」と聞く小松の親分に、「いいですよ!」と二つ返事の私である。
自宅発6:30----佐土原駅----都農神社7:30----麓屋へ----比叡トイレ横駐車場9:10----3峰水場9:20----取り付き登攀開始9:50----3Pへ11:30----4P12:50----終了点14:50----昼食----下山15:10----3峰水場駐車位置15:28----日向・お舟出の湯----自宅着18:30
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