水流渓人「hot-news」

2005年1月12日 「甘草の道ルート/比叡山」宮崎県
 


 

 
 
今年初、「水曜登攀隊」の出動ではあるのだが・・・チト寒すぎて、かじかむ手足でのクライミングはチト骨の折れる時期である。
 そもそもクライミングなどという行為は、重力に反し、靴底の摩擦と限りなく細かな岩のシワを握ったりするものだから、行為そのものが骨が折れるものなのである。なにやら長いロープを、もつれない様に伸ばしたり縮めたり、結んだり解いたり、腰に金属をガチャガチャと幾重にもぶらさげ、ややこしいと言うか骨の折れるシステムでもあるのだ。
 おまけに、いつもの隊長:小松の親分は風邪でダウン・・・あれあれ年始早々の風邪じゃ〜チト骨の折れる話だなぁ・・・お大事に!。
 相棒は川キョン先輩のみ・・・だが、寒波が来ているのに「明日はいい天気じゃわねぇ〜!何時出発?」・・・と、本人ノー天気で、こりゃまた年始早々から骨の折れる事言う大先輩だわなぁ・・・と思いつつも、去年ついに川キョン@スーパーに大変身したので、良いルート登らせてもらえるかも・・・なんて下心見え見えな水流ちゃんの態度も、今年もこりゃまた上達無しで骨の折れる話しであるわいなぁ・・・。

  

出発〜!
水流宅7時出発。茶臼原という台地に上ると、遠く冠雪している市房山が望める。
 
はいッ到着!
  

たぶんこうだと思う!・・・の写真ルート図。
今回は、私にとっては初見リード挑戦となる「甘草の道ルート」を登ることにした。
1P/5-級/30m  2P/右6+・左6-/20m  3P/6-級/25m 4P/4-級/45m
を経て、ファイナルスラブルートの最終5級へつながる。
以前、「浪漫への避行ルート」を、奥の細道だと勘違いして登った事がある。

  
甘草の道ルート
特徴的な黒光りした傾斜がきつくホールドも細かいスラブである。
 
取り付きに立つ! 初見のチャレンジは興奮する!
   
1P、5−級と記されているが、結構シビアな登りだ!OS!
 

 比叡に向かう車内で、どこを登ろうか・・・あーでもない。こーでもない。と話し合う!すでに川キョン@スーパーになった先輩であるのだから・・・と所望するのだが、遠慮深い先輩は川キョン@ノーマルのままで変身してくれない。ならば、去年登った『失われた草付』か、『甘草の道』では・・・と持ちかけてみた。甘草の道ルートは、すでに小松の親分&川キョンコンビでトライしていた。ルートが判っているなら・・・と、選んだ。私としては、自信は無いのだが、この『甘草の道』ルートは初見になる。そして、6級ルートを初見でリード出来ればそれなりに成果は大きいと思った。いつも、小松の親分のフォローではあるが、自分の成長も確認はしてみたいと思っていた。
 1P目・・・「ここは、小松の親分が一度降りた所やわ!結構、時間かかったっつよ!」と、私に川キョンがけしかける。まぁ2Pの方が6級やし・・・と、私が先行する。初見である。5−級?結構難しい。ゆっくりした動きで、微妙なホールドを探す・・・数箇所フリクションのみで耐える箇所あり・・・。ノーテン・ノーチョン(チョンボ無し)で登った。嬉しい。ここまでは風も弱く、結構ポカポカしている。足先にチビカイロを貼り(靴下履いてカイロが貼れる5.10スパイヤーでもある)、登る寸前までクライミンググローブを着用していたおかげだ!

   
1Pの核心部をフォローする川キョン 2Pをリードするが左6−へ行った(-o-;)
  

 1Pをフォローしながら、「私にはここはリードは無理やわ!」と、弱気な言葉を繰り返す川キョン@ノーマルである。ちょっと、スッタモンダして上がって来た。「良くリードしたねぇ・・・。」と誉められ、嬉しい水流ちゃん@後輩でもある。えーっとぉーとつぶやく川キョンをさっさと2Pのリードへ促す。
 左6-級/右6+級・・・あっさり左方向へ体が向いている。逃げたなぁ〜!と思ったが、危なげなくビレー体勢に移る先輩を見ていると、やっはスゲエなぁ・・・と思いフォローする。登ってみれば、なんと、1P5-級より簡単だった。(生意気な事を思ったりした。やはりこの日は相当調子に乗っていた私である。)
 そして、3P目の6-級である。風が強くなる。寒くて仕方なくなる前に取り付く。このきつい傾斜、そして細かいホールド、初見リードでは初めて体験する感覚である。慎重に体重を移す。スメアを信じグッと我慢し立ち込むと、ようやくピンが来る。精神的にギリギリの所に絶妙に配置されたプロテクションである。これが比叡の岩場の魅力であり怖さでもある。しかし、この傾斜とスッキリしたスラブなら、多少のスリップは怖さを感じない。ましてや、信じれる相棒がビレーしている状況である。なんとか、ノーテンで20m近くやり過ごした。あと2ピンクリアで平行ピンである事が確認できた。しかし、どうしても上の手がかりがつかめない。足はスメアのまま、手は結晶粒ホールドのまま耐えていたがとうとうヌンチャクを摑んでしまった。腕の振るえを感じた瞬間だが、それが恐怖である事は判っていた。負けた。でも、気分は爽快である。上の平行ピンへ到達するという事は、このピンを握っても充分満足のある3Pであった。下を見下ろし「上がって来い!」と叫んだ。

 
 
3Pをフォローする川キョン
  
そのまま、4P/4-級をリードする。
  
  

【自信】
 4Pの簡単なスラブを45m登ると「甘草の道ルート」は終了点を迎える。私の初見リードは、いままでの集大成であるかの様に、しばし上を向いた鼻っ柱に心地よい風をくゆらせていた。小松の親分のフォローをする事で、多少のクライミングの技術は向上しているかの様に思い上がっていた。しかし、私の自信めいた技術の向上は、単なる偶然の繋ぎ合わせでしかない事を思い知らされる。技術・・・そして自信とは、多くの練習や経験や正確な安全の判断で無くてはならない。時に、臆病と思える程の慎重さや、自己のレベルへの疑いをも駆使し、そしてコントロール出来る事こそ本当の技術の向上であるに違いない。私は本来の実力以上の過信があったに過ぎない。
 
【フォール】
 甘草の道ルートはなんとか成功した。後は、ファイナルスラブから続く5級のルートを1本登れば当日の登攀は完了するはずであった。そして、私はリードで取り付く・・・目は正面の凹角を見据え、頭はそこを乗り越す事だけを考えていた。傾斜のきつい凹角の基部は、じわりと岩を抱くように立ち上がる。まず左上のピンにプロテクションをとる。足裏にフリクションを感じながら、凹角の岩をどういう体勢で捉えようか考えていた。少し上に上がり、「レイバック?」と意識は動いている。体勢を右に傾けながら左足を凹角左面に突っ張り、開いた岩角を両手で押さえ込みレイバックの体勢へ移ろうと試みた。左足の岩面は、苔でポロポロしていて滑る。踏ん張るのが怖くなった。右足を左の凹角内に移せない。左足だけは上へずり上がれない。少し手がジンとしてきているのを感じた。『このまま思い切ってレイバック体勢をとるか?』『クライムダウンするか?』両方の意識が対峙したまま、体が左に傾きかけたトタン、手の引きが効かなくなり、瞬間体が空に放出された感じがして左足に激痛が走った。
 フォールした事。そして、左足を打った事(その時点では凹角の基部の緩斜面で打ったのだと思っていた。)。私は、ビレーしている川キョンと同じ位置までずり落ち、自分の通したプロテクションに吊られている状態だった。3〜4m落ちたのだと確認した。
 
【脱出】
 耐え難い痛みが左の足首を襲っていた。痛みはピークを迎えると、少しずつ和らいでくる。ひょっとして?と期待混じりに足首を回してみる。痛い。少し体重をかけてみる。飛び上がりそうに痛い。いろんな体勢を確認するが、次第にそれは歩けない事への確信となる。
 メインロープに吊るされたままの状況を把握・・・把握というのも、目は見ているがそれがどういう状況であり、次に何をしなければならないかを理解すると言う事・・・自然に私の思考は、「まず、セルフビレー!」いつも岩の中で呪文のようにつぶやく言葉が浮かんだ。そう、痛みを感じ、それに耐えるのはセルフビレーの後だ!と思った。平行ピンにかけているヌンチャクに、腰のヌンチャクを外しハーネスと連結させた。座り込んだまま、川キョンを見上げる。心配している事は判る。彼女が私の状況を確認し把握しようとしている事も判る。「たぶん、折れてるわ!」と答えた。
 川キョンの職業は看護師だ。吹く寒風を気にして、体温低下を防ぐ事を考えているのだろう・・・「何か上に着る?」と聞いていた。そして、去年の北岳ヒラミッドフェースの悪夢を思い出していたに違いない。落ちるはずの無いリーダーが、目の前で滑落したのだ。その場に彼女はいた。しきりに、「なんでだろう?」「あぁ・・・・。」と、今の状況を反省していた。

 不安定なビレー点で、川キョンは寒さと不安で手が震えていた。震えながら私のカカトに湿布を貼り、横に冷却剤を貼り、テーピングで固定した。相当動揺している様子が、怪我している私に伝わってくる。私は、痛いが気持は妙に冷めていた。それは、今ここにいる相棒が川キョンであるからだ。これから対処する行動・・・岩場から脱出するに充分な技術を持っている彼女と一緒だからだ。後は、彼女の気持ちを落ち着かせるだけだ。
「とにかく、落ち着け!2人で無事帰還する事だけを考えるからな!」
と、少し強く私は怒鳴った。
 今となっては上の支点に通されてしまったメインロープの回収を頼んだ。そして、周囲を見る。セルフビレーを忘れている川キョンを注意する。9mm1本で登っていたが、降りるとなるとダブル50mが有効なので、リュックの中のもう一本をさばいてもらう。そして、下降は、私が先でロープダウンで降ろすことを決めた。自己操作のエイト環等の下降器だと、両手がふさがる。ここはスラブだ。片足しか使えない状況で、傾斜や次の下降ポイントを探す事を考えると、私は両手片足の3点が使える方が有利と考えたからだ。
「ロープの末端をくれ!下降は浪漫への避行ルートを行く!」
そう言った。もう落ち着き操作体勢に移っている川キョンは、いつもの先輩である。
「はいっ!いいよ!」
川キョンの声で私は下降を開始した。上でルベルソで操作している川キョンをもう一度見た。これで私がもし落ちてしまっても私はそれでいいと思ったからだ。でも、骨折ごときで感傷的になっている私の弱い気持など吹き飛ばすかの様に、力強いロープに吊られ、松の木にたどり着いた。ここまで来たら、地面まで40mの距離であることを知っていた。
 私はロープダウンで下に降りながら、いつもの水曜登攀隊で経験しているすべてに感謝していた。言うなれば、比叡1峰南面スラブは、一応両端までルートを経験していたからだ。凹角をスッポ抜けで落ちることや、どうしてフレンズも使用しなかったのかや、落ちそうになっているのにどうしてそう声に出来なかったのかや、そんな間抜けはもうたくさんだった。要は自分が未熟であり、下手であるという事につきる・・・。そう言う事だ。
 
 岩登りには何の言い訳も無いと言うことだ。登れるか登れないか、落ちるか落ちないか、怪我するかしないかなのだ。下手は落ちる。落ちたくなければ来ない事だ。本当に純粋で単純な原理を知っているくせに、私はこうやって言い訳ばかり書いている。なぜなのか・・・その理由も判っている。岩登りは、そして、この比叡の岩は・・・リードする者を賞賛してくれるからだ。誰が?岩がだ。自分の中の、熱いものがだ。だから、私はくやしくて仕方なく、また挑戦したいから痛みを我慢出来たのである。

     
浪漫への避行ルートを降りた。川キョン、ありがとう。
  

【下山道】
 2回の下降操作で地面に降りた。安定した場所で道具を片付ける。靴を履き替え、行動食を口にした。普通なら10分で駐車場へ戻れる距離だ。這って行っても日が暮れることはあるまい・・・と思った。まだ不安げな川キョンの顔だが、私は両手と右足だけで地面を捉えながら、仰向けに這っていた。ほとんど尻で滑り降りている感じだ。時折左足を木や石にぶつけ飛び上がりそうに痛い。きつい、きつくてきつくて手がどうにかなりそうだ。手で下山する事など当然やったことは無い。でも、気分だけは爽快だ。手助け無しで下山出来ている事だけで嬉しかった。本当に無様な歩き・・・というより這い方だ。かなりの体力が必要で、汗が噴きこぼれていた。車が見えた時には、90分が過ぎていた。
 
【病院へ】
 車に乗り込むと、下山途中に電話していた宮崎市内の整形外科へ車を走らせた。同級生の開業している病院である。痛みは我慢できた。何度か川キョンが運転しようか・・・と申し出てくれたが、自分で出来ることは自分でしたかった。・・・と言うより、安堵感からだろう・・・助手席の川キョンは時折コクリコクリと頭を上下させている川キョンに運転を頼むなんて・・・アブネェアブネェ。
 ママに電話を入れる。山の会の会長に電話を入れる。お叱りもからかいの言葉も、こうして帰還出来た事への感謝がすべて帳消しにしてくれた。

 ギプスで松葉杖・・・仕事が不便極まりない。そして、ふと考えるとき・・・浮かんで来るのは「比叡」の岩だ。

  
そして、私の左足踵骨は見事に割れていた・・・。
結構痛いものだ! 翌朝、哀愁漂う水流渓人の出勤風景
  

 これは、私の個人的な記録ではあるが、知り合い達から嬉しい報告をいただいた。私のこんな個人的なページを楽しみに読んでいただいているとの報告をたくさん頂いた。しかも、岩登りをしない方達も多く見ていただき、レポートの度に、私の記録でまるで自分が挑戦しているかのごとく感じていただいているそうだ。
 だから書いておかなければならないと思った。この記録を読まれて、脱出や帰還した事自体を評価してはいけないと言う事・・・。やはり、このケガは私の未熟さや、のぼせ上がった過信によるものに他ならないと言う事だ。ヘタ・不注意・・・ゆえに招いた事態だと言う事だ。もう少し事態がこじれていれば、沢山の人に迷惑をかけ、悲しむ人も存在した・・・という事だ。
 
 多くを感じ、熱い物が体の芯を脈打っている今である・・・。
 

登山日記のページへ

自宅7:20----比叡駐車場9:30----下部10:20----甘草の道登攀開始10:55----甘草の道終了12:20----滑落----下降終了13:35----下山/駐車場着15:20----宮崎市内の病院18:00----治療終わり19:40----夕食----自宅着21:00

 Copyright (C) 水流渓人 All Rights Reserved  

BACK

inserted by FC2 system