雨で敗退・・・いや撤退した。
予報では降水確率0%の中、いつものように鉾岳のスラブを目指した。ここは、比叡とは違い、取り付きまで高度差300m程度を登る必要がある。いい
ウォーミングアップと位置づければ有り難いのかも知れないが、正直「しんどい」のが本音だ。歩き始めて20分程度で大汗タラタラ、ヒーハーゼーハーとふら
ふになる頃、登山道上に現れる岩が第1の休憩ポイントである。すでに冷たくも感じる秋の風が、とても有り難い。どれどれ・・・と、再び腰を上げて登ると
ロープ場が出て来て急登をやり過ごした岩が第2の休憩ポイントである。ここから取り付きとなる所はすぐなのだが、いつもここで休憩してしまう。少しの水分
補給をして取り付きを目指すと、高度差300mを登ったことになる。
取り付きは、「美しいトラバース」「大長征ルート」「春はあけぼのルート」などと同じで、すこぶる景観の良い場所である。見上げれば、雌鉾のスラブは天
に向けせり上がっている。あまりにもすっきりした一枚の巨大岩は、初めて見る者を魅了する。鉾立谷に裾をあずけ対岸の山肌は、紅葉の時期「錦絵」と化
す・・・。
ふうっとため息をついて、右斜上しながら松の木を目指すのが1P目。春はあけぼのルートと同じ・・・。微妙に緩い傾斜は思い切り良く行かないと怖さに体
が張り付き、余計に危ない。ルート上にちりばめられた松の葉に反応しながら、小松の親分が登っていった。フォローの私はいい気なもんである。斜めズリズリ
引っ張られながら、登り上がる。なんだかポツポツとヘルメットを叩く音が気になるが、ルート図を見定めてさらに右トラバース気味に2Pを探る。ここだろ
う・・・と、松の木でピッチを切る。また、いい気なフォローの私はズリズリとドロドロと上がり、草付きに立つ。
さて・・・ここからルートはどっだ?と考えていると、とうとう雨が本格的になった。しばし流れる雲の早さを目で追うが、ブツブツとお互い噛み合わない会
話とも念仏とも判らない事を唱えながら雨に打たれていた。しばし、呼吸を整えて「撤退」することにした。もうそのあと晴れても後悔なしの撤退だ!と言い聞
かした。水曜登攀隊の挑戦であるので、撤退より「敗退」と言う方が、今後のモチベに繋がるのかなぁ〜と思ったりした。
さぁ、残された道は岩場からの脱出である。今立っている位置では下に届かない確率が高い。ならば、1P下降したらいいじゃないか!話は簡単?・・・・で
はないのだ。ずっと右斜上に登ったから、まっすぐ下にはルートは無いと言うことだ。1P下がるには、この雨の中、左斜下にクライムダウンするしかない。メ
インに下降器をつけ、小松の親分はバックアップにブルージックを、私は2番手なのでロープが張り気味になるし、末端が固定なのでカラビナにバッチマンで
ハーネスと連結させた。(状況、理解できるかなぁ・・・)濡れたロープには、インクノットは効きすぎで、返って操作性が悪いようである。とにかくおそろし
いトラバースのクライムダウンである。
続き試練はやって来た。1Pも右斜上の登りなのである。ここは50mもクライムダウンは無理に近い。ならば真下に下降するしか無い。雨でさばきにくい
ロープを引きずりながら、地面がどこかも判らない下降が開始された。初見の場所では、私達は幾度も初めての状況にさらされた。なんとかなる!ではなく、な
んとでもする!・・・それが今までの経験であり、力だと思っている。木や草が茂る位置、といっても凄い角度だ。じわりじわりと降りていく小松の親分を見送
る。10m程で姿が消えた。時間だけが過ぎた。何度も声を掛ける。ロープをさばくのと効き過ぎるプルージック地獄で、死にそうだったそうだ。ようやく、
「どうぞ!」と声がした。もう、パンツまでびっしょりである。寒くはない。ねじれたロープに苦労しながら、「回収」の心配をしながら、エイト環で降りた。
途中、空中懸垂にもなりながら、ロープは45m程度の位置で安定した地面に届いていた。
少し、笑みがこぼれた。体勢を整え、ロープ回収に挑む。正に、切れんばかりの引っ張りで、なんとか回収出来た。古い毛羽立つ9mmのダブルロープ・・・、山の会の借り物である。そろそろ買い換えの時期?なんて話ながら、最後のギアチェックをした。
雨の中、誰か登山者だろうか・・・。鉾立谷の少し上部から話し声がしていた。強い緊張感から解き放たれた二人は、黙々と下山路をたどっていた。「リベンジだなぁ・・・。」そう、思っていたに違いない。
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