登山道から入山する。右に比叡神社を見ながら一礼する。すぐ視界が広がると「千畳敷」、正面に綱之瀬川の谷が切れ込み、左に矢筈岳の岩肌が迫り、右に比
叡1峰が「ニードル」を飲み込んだように聳えている。しばし、今日のルートを目で追い、登山道から右に逸れて岩場へのアプローチ道を登る。
数分で基部。少し伸びた松の木に「ダブルフレーク」は見え隠れしている。25mのルートの下部、岩が薄片となり巨大な鱗の様だ。傾斜はきつい。一目瞭然
なのは、私には決して上への糸口を見いだせないという事・・・。見上げる小松の親分も、緊張からか体調まで不自然になっていた。基部に到着し、登攀具を装
着し挑戦するまでに30分以上かかった。フリーでトライし始め、さらに1時間が過ぎた。それでも私達は同じ位置にいた。
「とりあえず上へ行きましょうか!」
フレンズを次々にセットし、スリングを下げて立ち込む。外形した窪みに両足を置き、下の飛び出たフレークを下から抱くように持ち、体勢を整えるのにすでに
2時間が過ぎていた。ようやくレイバックが決まり、フレークを抜け終了点にたどり着いた小松の親分に、私は感動していたが、「登って来い!」の言葉に、我
に返った。私も登らなくてはいけないのだ。ノーピン・・・アブミどころではない。何度がフレークに手をかけてみたが、リード者が登れなかったのに私が上に
行けるはずもない事は1分とかからず判った。そして、その腕がパンプ仕掛けていることもすぐに感じた。
「青ロープは固定して下さい。赤ロープのみ張ってて下さい。」
何も成す術がなく、青ロープを掴み3m上の窪み目がけて必死でたぐり登る。そのままテンションをかけハーネスに座り込んで、フレンズを回収した。腕の力は
ほとんどない。下のフレークを登り切ったところで、なんとか立つ事が出来たので両腕をシェイクしながらの回復を待った。次のフレークをレイバックで登る自
信が無く、直上する形でフレークのフェイス部の細かいホールドを拾い、ビレイ位置へ抜ける。
ニードル左岩稜の特徴的な2Pのフレークの下に座り込み、限界を超えた腕力と集中力で気持ちが遠くなっているのを感じた。お茶を飲み、塩の利いた握り飯
を頬張る。すでに12時半である。「飯が喉を通るぐらいだから、まだ何とかなるぞ!」と、気持ちを入れ直し「とりあえず、頭に立ちましょう!」と、志気を
高揚させる。
2P・3Pと、本当に今までには考えられないぎこちなさである。比叡の岩は、来るたびに違う表情を見せ、そして、私達を翻弄する。まるで魔界の迷路の如
く、心理的に人を飲み込んでしまう。たくさんの反省と充実感を与えてくれた。最後の懸垂下降まで、今までにない恐怖を与え、たどり着いた千畳敷で、溢れん
ばかりの達成感で包んでくれた。
「上まで抜けて良かったですね!」
「やはり、それが水曜登攀隊かなぁ・・・。所見のチャレンジ・・・そして上へ抜ける!」
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