水流渓人のページ「登山日記」No.170
 
2004/9/22

比叡第一スラブ・スーパールート
 
雨で中止・・・と、思っていた水流渓人は、カメラも持っていかず写真が無い(^_^ゞ
 
川キョン先輩の偉大さを再確認す!〜

 
「22日は休みやかいね!」
そう、川キョン先輩は、山の会の例会でおっしゃられていた。
そろそろメール来るかな?と思っている矢先・・・
【明日は・・・】というタイトルのメールが先輩から届いた。
明日は・・・の続きは、こうである。
『明日は、天気いいみたいですね・・・!!どこ登ります?小松の親分は、大丈夫でしょうか?』
私は、あれこれインターネットの天気予報を検索してみた。県下、ほとんど雨マークなのに・・・『良い天気』と先輩はおっしゃられるのだ。こりゃ、準備しておかないと翌朝大変な事になりそうだと悟った。どうもポイント天気予報の、日之影がかろうじて『曇り』マークだったそうだが、起床した朝5時、すでに『傘』のマーク点灯であった。
6時、先輩は夜勤開けのはずなのに、全開の満面の笑みで水流宅に現れた。西都市の空は低く雨雲が垂れ込め、ポツリポツリとフロントガラスをたたき始めている。それでもまだ、
「天気いいみたいやね!!」
とおっしゃったのである。

 日向を過ぎる頃、空を眺めて
「ここらは降りそうやけど、高千穂が降っていても比叡だけは雨が降らんがね・・・いつも!!」
と、まだ陽気に笑っておられる。槇峰を迎える頃、雨で濡れた路面を見ながら
「もう、乾いてるわぁ・・・!!」
と、豪快に笑っている。ワイパーが動いているのに、
「なんとか、空も大丈夫そうやねぇ・・・。そうそう、18日に庵に寄ったっちゃけど、本官さんに会って聞いたっちゃけど、雨降っていたら1スラは登れるし、雨の時こそいい練習になるって言われてたわぁ・・・。案外、雨でもクライミングシューズは滑らんそうやわ!!」
と、そりゃもう都合の良い事を連発された。
 上からポタンポタンと、何かが落ちてくるが、メットを被り、ハーネスをつけ、ギアをセットし、シューズを履く。何事も無いかのように、1スラの取り付きに立つと、
「この前のザーザー降りの後に比べると、完全に乾いた様なものやわぁ・・・!!」
と、確固たる態度でおっしゃるのであった。『湿っていない。』『乾いてる。』「滑らない。』・・・と、ますます都合の良い解釈を羅列しながら、仕舞いには、
「うーん、私は晴れ女やねぇ・・・!たいがい、晴れるっちゃが!」
と、パタパタ叩く天からの贈り物を『晴れ』と仰るのである。

 1P、私のリードでスタスタ行く。2P、先輩のリードで中間の平行ピンでカット・・・、フォローする私は、ビレー位置横を素通りし、リード体勢にそのまま移る。3Pの亀の甲下のテラスへは先輩がリード。そこでしばし水分補給し、続いて私のリードで亀の甲を過ぎる。4・5Pは50mザイル一杯で、なおかつフォローが上のテラスへ上がり、平行ピン。いよいよ6PV+は、1スラスーパーの核心で私の番だが、川キョン先輩の事を思うと譲る事にした。7月に、北岳で仲間の滑落ヘリ救助を目の当たりにし、少し怖さが出ているそうだ。怖い人が、この雨でも岩を登ると言うか大変な疑問ではあるのだが・・・。
「リードされますか?」
 聞く私に、少し不安げな声を出しながらも、豪雨でも登っちゃるわい!!と、夜勤明けで3時間も眠っていない女性には全く見えない態度で、グワシグワシと岩を摑む様な、ムンズと鷲摑みにする様な、その割りに少し右往左往スッタモンダしながら、まっ落ちる事もあるまい!みたいな登りで処理されたのである。なんと、川キョン先輩の凄すぎる所は、その核心を登る間・・・空に太陽をウッスラと登場させたのである。アナオソロシヤァ・・・。フォローしてきた私に、最終ピッチよ!簡単よ!あなた行きなさい・・・フン!と、眼光で私に合図を送るのであった。
終了点にとうとう到達した。しかも2時間20分。2度の休憩を取って、私の最短時間で終了した。登攀終了後、とうとう本降りになり
「あら、雨!」
と、川キョン先輩が空を見上げたのである。
下山、12時。温泉直行・・・だが、私は男湯、なぜか川キョン先輩は女湯に姿を消されたのである。
  

  
自宅6:00----登山口駐車場8:20----1P開始8:40----登攀終了11:00----昼食----下降開始11:20----下山12:00----お舟出の湯13:30----自宅着15:20 
 
参加者 ぱぱ まま 長女 次女 長男 次男 ゲスト
出欠           西都山岳会
年齢 45           川キョン
ピーク合計 220            
 
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