詳細を写真レポートに書いたので、別の事を「登山日記」として綴りたい。
まず、「岩登り」である。今年5月に、山の会の会長が比叡に連れて行ってくれた所から始まる。「2度と岩登りをしたくない!と言うところへ行こうか?」
という誘いで、1スラスーパーへ取り付いた。この日始めてザイルワークとビレーを教わる。「練習でなく、本番でないと覚えられない!」とキツイ指導を受け
る。登りながら、『遊び』なのか『試練』なのか分別できない感覚で終了点を迎える。しかし、登攀中の頭真っ白は何だったんだろう?この達成感と爽快感は何
なんだろう?と思った。高度の恐怖で足が震えることもなかった。
あれから、5回目のクライミングで『鉾岳』を経験した。実にスッキリとしたルートだったと思う。核心2Pを、50pほどズリ1テンションで這い上がっ
た。無性に爽快感が残る。それから6回目、リードでのフォール。代償は肋骨の背中側の骨折であった。そのまま3回の山行を繰り返し、この大崩の岩登りの日
を迎えた。7回目の岩登りである。折れているので痛いのは当然。でも、この大崩のスケールにはそんなちっぽけな事を忘れさせる魔?魅力があったように思え
る。そして、それを可能にしてくれたのが、リーダーである会長の存在感であったと思う。
難しかった。登り始めて3ピッチは、自分の意識と自分の体が分離しているように思えた。何もかもに飲み込まれている様に思えた。4ピッチ、ようやく6回
のクライミングの集大成ともいうべき安定した登りができた。5ピッチ、初体験のアブミ登攀である。しかし、体が右に振られるクラックで手も足も出なくなっ
た。手の力がまったく入らないパンプ状態になったが、気持ちは妙に冷めていた。肘をねじこみレストする技も私は拾得していた。どうしてもフリーで行けない
技量も認識した。そして、古いリングボルトに腰に下げたアブミをかけてずり上がる。頭より体が自然に動いた感じである。会長が「自然の弱みにつけ込んで作
られているのが、クライミングルートで、それを上手く利用できて登れるのが爽快感なのだ!」と言う言葉が印象的だった。
手のひらや、肘、足首、膝・・・残る擦り傷後が薄れて行く度、日ごとあの日の感動が事実と認識できるようになってきた。
|