水流渓人「hot-news」

2008年12月10日 「双石山(ぼろいしやま)」/宮崎県

クライミングから逃げた・・・?

  
 

 仕事が入っていた水曜日、小松の親分と川キョンがクライミングを予定していた。都合つけば合流との打ち合わせだったが、仕事がなくなり、さぁどうしようか?と考えている所に、じんさんから「双石山」のお誘いが入った。左肘と肩の痛みが増していて、岩登りは辛いなぁと思っている所だったので、すかさず小松の親分に電話してみる・・・。「双石山?・・・・・・・・、んん〜、いいですよ!たまには歩きましょう。」と乗ってくれた。川キョンに変更メールを入れ、じんさんには西都ICまで来てくれる様に、お願いした。日頃の弁当のお礼に・・・と、西都名物「入船のうなぎ」をご馳走しようと考えたからだ。で、またまたの4人が、「双石山」結集となったのである。

  
塩鶴登山口 展望のない第一展望所の社
   
   

双石山の名所「針の耳神社」

  
  
針の耳と呼ばれる空池 ルンゼの設置ハシゴを降りて象の墓場へ
 
   
    

宮崎のクライマーを育てた象の墓場で、ボルトの連打を見上げる   

  
 

象の墓場から、一般登山道に戻り「尾根コース」を上ると大岩の展望所を迎える。海までいい景色だ。

 
  

山小屋裏のテーブルベンチで昼食

山頂標識で記念写真

  

  

岩壁に彫られた磨崖仏

上の院と言うのだろうか・・・

  
   
断崖の窪みにある「奥の院」 姥ケ嶽神社・・・私には、特にご利益がある。
 
 

 塩鶴の登山口から歩き出すと、いい汗がにじむ頃「第一展望所」の神社に着く。そこからは、針ノ耳神社・天狗岩・空池・象の墓場・大岩展望台と、飽きることがない。
 奇岩多きこの山を、自分の登山の原点とする人が多いのも宮崎特有の事・・・。かくいう私も、自らの意思で山歩きに来た中学1年生の時、やはりこの山であった。若き頃、この双石山・日向ライン(加江田渓谷)を歩いたという母の言葉が印象にあり、月星製のキャラバンシューズを携えての登山だった。父が車で、この塩鶴に送ってくれた記憶が残っている。当時は、まだ砂利道で、登山口にポツリ降ろされた。今の私は、自分の子供を登山口に1人降ろせるだろうか・・・。私の両親は、いつも私の冒険を許可し、援助してくれた。私は、アウトドアなどと格好つけて子育てしているとホザいているが、結局、親である私が手を出し過ぎている。そう、ポツリ降ろされた私は、第2展望所まで登り、そこに来ていた大宮高校の兄さん達の後をついて加江田渓谷まで降り、兄さん達の自転車の後ろに乗っけてもらい、国鉄「木花駅」からディーゼル車で宮崎駅、そして妻線で妻駅に戻った。旅も冒険もすべてがそこから始まっていた・・・?いや、そんな両親の子供に生まれた時に始まっていた。すでに、2歳で親戚や知り合いの家を泊まり歩き、3歳には宮崎交通バスのバスガイドさんが、バスに乗せ宮崎市内の親戚の家に行っていたそうだ。それからは、ご多分に漏れずボーイスカウト、釣り、キャンプ、登山、サイクリング・・・バックパック・・・となっての今である。
 そして、初めて岩登りという行為を見たのも、この「双石山」だった。

 
 

車道から見えている北壁・・・中央辺りが、たぶん「学院ルート」だと思う。

  

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自宅発7:50----西都IC8:00----合流----宮崎市内----塩鶴登山口・登山開始10:25----針の耳神社10:52----象の墓場11:13----大岩展望所11:41----山小屋12:12----昼食----山頂13:10----上の院----奥の院13:55----姥ケ嶽神社14:03----車道----小谷登山口駐車位置15:00----温泉「青島太陽閣」----西都・うなぎの入船18:00

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