2008年6月18日 「天草の山/次郎丸岳・太郎丸岳と白嶽・つわ岳」熊本県
「すでに50歳になった人と、これから50歳を迎える人達で行く天草登山の旅」
梅雨の雨間は、天草の低山がいいんじゃなぁ〜ぃ!
まだ間に合うか?鉾岳のササユリ・・・久しぶりに「美しいトラバースルート」を、アブミを架け替え登りたいと計画しての今日だった。・・・が、その思考は数日前からの梅雨空が塗り替えていた。前日、もしかして明日は良い天気?の気配もあるにはあったが、どうせなら、大当たりの青空が拝めるかも〜!と、思いついたのが「低山名山」である。 かねがね、是非行っておきたかった「次郎丸岳・太郎丸岳」/九州百名山。そして、観海アルプス「白嶽・つわ岳」。それに、近くを後2座ほど登ってやるぞ!みたいな気合いが入った。 川キョンが、勤務シフトが判った時にじんさんに「18日は空けておいてよ!」と、お誘いメールをしていた様で、天草で揃う「同級生トリオ」と相成った訳である。別題「すでに50歳になった人と、これから50歳を迎える人達で行く天草登山の旅」・・・と言う事になるのだろうか???
三角港から、遠く天草の山々が見えていた。
別段、天草五橋を写したいと思い写したんじゃ無かった。以前、この橋を渡った時、同じ車にお袋が乗っていた。親族一同で、柳川や天草を巡る旅行をした。お袋が一緒に行った最期の旅だった。膵臓に癌が見つかったお袋の余命は、3ヶ月と診断された。自分の父親の車椅子を押すお袋の姿があった。しかも、明るく元気ないつものお袋の姿である。その日、天草松島の「岬亭」というホテルに泊まった。長女5歳、次女3歳、長男1歳の時である。カウントダウンが進む様に、この橋の番号を私は目で追いながら、あの頃を思い出してしまった。寿命とか、それが人生とか、運命とか言うが、もっと傲慢に、そして貪欲に生きる方が人間らしいんじゃないだろうか?一生懸命というならば、お袋は最期まで気高く生き抜いたと思っている。最期まで、生きる事への希望を捨てなかったと思っている。何度も、私はお袋に真実を告げようとした。しかし、いつも病気を早く治してあれこれやりたい事を語り続けた。次第に悪化していく症状の中で、いつも私に将来を語った。決して、私の口から本当の病気の事を言わせなかった。親は、自分の命の火がか細くなろうと、子供への思いやりを愛情を注ぎ続けるものなんだと知った。強く気高い親としての毅然とした態度で、自分の生涯を全うしたお袋は、今は私の胸中に生き続けている。今日も、こうしてお袋と共に、天草五橋を渡った・・・。
天草パールラインから326号線、そして天草街道へ入ると見える次郎丸岳(左)、太郎丸岳(右)
いよいよ山頂が近づいて来たが、なかなかの迫力である!
誰とは言わないが、最近50歳を迎えた。もうすぐ50歳を迎えるのが、残りの二人である。素敵で素晴らしい50台、60台を過ごしている仲間が、私たちの周囲にはたくさんいる。幸運にも同級生トリオは、どんな素敵な50台なんだろう・・・と、胸を膨らませている仲間でもある。誰とは言わないが、一番早く誕生日を迎えた川キョン・・・。私より少し先行くじんさん。まぁ、楽しく愉快なボケ会話に花が咲く。地図を見る時、いちいち眼鏡が必要になってきた。物や場所や地名をいい加減にでも話せる様になってきた。人のペットボトルなのか、自分の物なのか・・・いや、それに限らず「まっ、いいか!」的処理が特に多くなってきた。笑いすぎると、時々、よだれまでこぼれたりする(いや、これは俺だけか?!)。大笑いしながら、お互い違ったことで笑っていたりもする。指差した方向の事で話しているのに、違う方向を見て納得していたりする。 次郎丸岳・太郎丸岳の登山口へは、たくさんの案内看板が設置されていた。車で集落の中を登っていったら、駐車出来そうな場所が無く、引き返して空地を見つけ、近くの畑で作業されていたおばぁちゃんにお断りして駐車させていただいた。たくさん登るぞ!の掛け声だったから、そそくさと支度を整えていると、照りつける太陽で、一気に汗が噴出してきた。集落の狭いコンクリート舗装道を少し歩くと、森になる。25分程で、次郎丸と太郎丸の分岐に着く。いや〜暑い!水分補給に注意しながら、次郎丸の登りに耐える。バテそう・・・!と、何度も言いながら、持参した岩塩が効いたのか休憩しながら1時間少しで山頂に着いた。いやぁ〜絶景である。低山だからこその景色は、この梅雨でも楽しませてもらった。本当に、来て良かった! 次郎丸岳の山頂で、嬉しくて少し長居をしたが、引き戻り分岐から太郎丸岳をピストン。どちらも、少し岩場が楽しめて飽きる事は無い。景色の良さは、九州百名山にふさわしい。
下山後、白嶽へ向かう途中の車道から迫力の「次郎丸岳」の山頂部を見上げる。
九州自然歩道「観海アルプス」コース。つわ岳・白嶽方面(次郎丸岳山頂より)
白嶽からつわ岳へ向かう途中に振り返る。あっ!本当に白い山だ!
つわ岳から牟田港と八代海の眺望・・・ここを選んで良かったなぁ〜!(写真クリック拡大)
白嶽の登山口は、すぐ直下の「白嶽キャンプ場」からとした。いや、何の予備知識もなく、行ってみたら「白嶽森林公園」であり、「白嶽キャンプ場」であったのだ。管理棟まで行き、ここに車を駐車させてもらっていいのか、管理人さんを訪ねたが、あいにく不在で、見回していると上から丁度降りて来られていた。すぐ上の段に駐車して良い旨の許可をいただいたが、何やら周辺の事をあれこれお話いただき、管理棟すぐ下の「白嶽湿地」を案内いただいた。無数に飛び交う「ハッチョウトンボ」・・・湧き出る水、山の合間に800mも続く湿地は、驚きだった。 昼食場所を・・・と、車の近くにいたら、管理人さんがキャンプ場の炊事棟を使用してもいい!と仰られたので、遠慮なく使用させていただいた。日陰で風が心地よい。ただ、先ほどの2山の大汗で、匂わない?いい汗?まみれである。またしても、今回・・・じんさんが昼食を準備してくれた。ただただ只でパクつく、宮崎組である。野菜たっぷりの鉄板焼き+ビールは、天に向かって叫びたくなるほど旨かった。 そのキャンプ場の炊事棟から、白嶽山頂まではすぐだった。しかし、3座目ということ、かんかん照りということ、ビールを飲んだということは、これだけキツイのか?という見本みたいなもので、だらしなくピークを踏むことになった。しかし、その眺めは、次郎丸岳以上である。海に迫り立つ白嶽からは、観海アルプスの名の通り、八代海の雄大な眺めが凄かった。最近の子供達口調で言うなら「凄くヤバかった!」というのだろうか?うっとりする眺め、溶けてしまいそうな風、山頂東屋で3人、そのまま昼寝をしそうになったが、なんとか思いなおして下山。 一旦、キャンプ場まで戻り、また地べたにくたばる3人・・・いや、50を過ぎた人と、これから50が来る2人。ずいぶん悩んでいると、またキャンプ場の管理人さんが来られる。今度は、界隈の植物の詳しい話を聞かせていただく。つわ岳に行く事を告げると、本日4座目に少し呆れ顔をされた。5時で閉門だが、私達の為に施錠せずにしてくれるとの事、何から何まで御世話になってしまった。一路、つわ岳を目指し必死で歩く。そこに待っていたのは、諦めずに山頂に来て良かった!いや、行かなければ絶対後悔していた絶景が待っていた。それでも、5時に管理棟に間に合った3人に、いや、50を過ぎた人と、これから50が来る2人に、更に管理人さんが驚かれていた。
実は、アフター話がある。下山し、気持ちよく白嶽キャンプ場を後にした3人、いや、50を過ぎた人と、これから50が来る2人であるが、名残惜しそうに天草五橋へ差し掛かったとき、折角だから海の近くまで降りてみようと言う事になった。写真でも・・・と、探す私のカメラを装着していたリュックが無いことに気づく。ハッと思い出してみると、どう考えてもあのキャンプ場・・・・・。再度、白嶽キャンプ場の駐車位置に、ポツンと置き去られた私のリュックを迎えに戻る。そして、またまた戻り、グッドタイミングの夕日写真が、上の写真と相成った訳である。(この日の、大ボケ一番は水流渓人である。) すでに、松橋ICからの通勤割引時間は無理となり、どうせなら天草の温泉・・・と、不知火の道の駅で温泉に浸かり、近くのファミレスで夕食を食べて帰宅。なんと、17時間30分も遊んでいた。
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