2007年8月13〜14日 「大崩山荘に泊まる事になった!」水流家の夏合宿
天候に合わせて休めないのは当然の事である。でも、折角ならいい思い出を作りたい!と思うのは、わたしが「水流渓人」であるからだ。子供達は、出切れば「山」は行きたくないと思っているはずだ!折角なら、楽な休みを過ごしたと思っているはずだ!いろいろ計画を考えてみたが、「登山」よりは「沢」の方が、時期的にも快適だから、少しスケールのある谷を目指すことにして、沢中での1泊を家族で体験する計画にした。 4日前に、長男と尾鈴の沢に出かけている。雨が続いた割りに水量は大したことはなかった。しかし、延岡を過ぎ「祝子川」の側道を走ると、ダム放水のサイレンが聞こえてきた。濁流を眺めて、戦意喪失の家族とクーラーの壊れた愛車デリカで悶々と上祝子を目指す。きっと、三里河原の水量は、尾鈴みたいに増えてはいないはずだ!と、かすかな期待を持つのは私だけ・・・。すでに、子供の口からは「プールに行こう!」とか、「温泉入って帰る?」の声が出る。
祝子川温泉でトイレ休憩をした。「4km先の橋流失・通行止」の標識で、私もチトめげそうな気分になった。温泉の受付の方に声をかけると、7月2日に本県を直撃した「台風5号」の被害状況を聞くことが出来た。【架橋流失】【わく塚への渡渉橋の崩壊】【象岩近くの登山道崩壊】など、大崩山の登山道に関する情報である。と、同時に自然の猛威を、少しでも子供に見せておきたいと思った。巨岩が、ゴロゴロと川を流れ下ったのだから、それは凄まじい力である。 だったら、三里河原は無理でも「大崩山荘」まで歩き、今は静の自然に抱かれて眠ることも忘れてはいけない何かの気がした。しかも、家族全員であるのだ。
大崩山荘に到着すると、男性が停滞で昼食を取られていた。小屋の奥には、滞在組だろうか・・・荷物がある。リュックを置くと、坊主尾根への渡渉点となる川に行ってみた。大岩が動き?流され?景観が変わり、どの岩を伝い向うに行ったのか・・・、もはや判らないほどである。増水して流れも速いので、浅瀬のよどみを見つけて子供と水に浸かる。一気に汗が引いた。 大崩山荘に戻り、ここをねぐらに決めたので、後は思い思いに過ごす事にした。ママと長女は、当然の如く昼寝である。次女・長男・次男は、小屋周辺を散策?探検しはじめた。小屋直下にある小さな流れに降りて何やら楽しそうにしていた。こういう時に、一番落着かないのはいつも私である。寝ようと横になったり、小屋周辺を少しうろついたり、顔を洗ったり、チト焼酎を飲んでみたり、柿の種を食べてみたり、直下の流れに子供たちを捜しに行って見たり・・・。あー、落着かない。
小屋で出会った方たちとの交流は、とても楽しい時間だった。ある物を食べ、ある物を飲んだ。そして、子供達は、大人の話しに耳を傾けた。特に、聞き入ったのは「戦争」の話。こういう交流は、なかなか出来るものではなく、貴重な体験になった事だろう・・・。面倒くさそうにしていた顔が、大崩の大自然の息吹に包まれ、次第にいい顔になっていた。気持ちよく闇が家族を包み。そして、本当の朝が来た。
夏休みの家族での計画は、都合や天候で、ことごとく中止や変更になった。欲を出しすぎて、より危険を意識した事もあったりする。今年は、ずいぶん親父的心境を整理しつつ過ごした。振り返れば、あれも、そしてこれもあったじゃないか!と、気付く事もある。何かを掘り下げて議論する事も、少し少なくなった気がする。子供たちの目には、自分の将来が少し見えてきたのかも知れない・・・。もはや、こんなアホ親父と遊んでいる場合ではない!と、焦りを感じ始めたのだろうか?しかし、それでもいいのだな!!水流渓人であるアホ親父は、執拗に自分の遊びに家族を巻き込む事を止めるはずなど有り得ないのだな! 明日は、午前中に親父・お袋の墓参りに、皆で出かけようぞ!ヌハハっ。
【13日】 自宅8:30----祝子川温泉10:40----休憩----大崩山登山口11:00----周辺見学・昼食----出発12:00----大崩山荘12:40----うろうろして----あれこれ話して----就寝9:00 【14日】 起床7:00〜8:00----朝食----小屋撤退9:30----登山口10:05----美人の湯10:30----帰路へ11:30-----延岡・昼食----名貫川にて水遊び----帰宅17:00
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