2005年8月10日 「尾鈴甘茶谷右俣(万吉谷)/家族沢登り」宮崎県
夏・・・。 今年は、家族で沢登りに挑戦したい!と、目標を立てた。それは、家族で話し合った結果でもない・・・いつものワガママな私の目標である。釣り歩く程度なら、さほど練習もいらないが、「沢登り」の概念は、クライミングを始めて私の中で大きく変わっていた。立ち向かう大きな岩や滝を、なんとか越えて山頂へ立つ!と言うものだ。 練習・・・。 ママ・長男・次男で、甘茶谷を歩いた。横に林道が走っている・・・いわば、逃げることの出来る状況を踏まえてだが、滝を3本乗り越した。長男・次男の沢登りは、ロープで確保されての状況からスタートした。 ママ・長男・次男で、今度は袋谷へ入った。ここは、林道がしばし離れるが、しばらくして左に沿う。このメンバーでは登れない滝が3つ。巻きながらの遡行だが、その巻きの歩きも危険なものであった。ルアーフィッシングを織り交ぜ、沢の別の楽しみを教えた。そして、はなはだ閉口してしまう藪こぎで締めくくった。 次女・長男で、今度は欅谷へ入る。沢に降り立つ頃からドシャブリの雨の中の遡行となった。それでも、小滝の連続の乗り越しや淵や釜での泳ぎは、なにかしら充実感を味わえた。
いよいよ、家族全員での「沢登り」を決行する10日が来た。そう、私が勝手に決めただけの日がやってきた。当初は、私も初遡行となる「甘茶谷左俣」を詰め上がっての尾鈴山頂の計画であった。 しかし、いつも計画の倍以上の遡行時間がかかる子供達(特に次男)であるが、それこそが家族のスピードである事を十分に受け入れた。次男にしてみれば、私がひょい次の石に移るところも、手足を使い登り降りして歩いているのだ。体力的にも相当なものであることを理解しておかなくはいけない。小滝が小滝ではなく、出くわす都度、ロープやスリングで確保する必要がある。出来る限り挑戦しながら山頂に、家族全員で立ちたかった。 土壇場で、私は「尾鈴甘茶谷右俣(万吉谷)」へ変更した。以前、私はここを遡行している。一度行った所は、なんだか「逃げ」の計画であるかの様な気持ちになってしまった。しかし、落ち着いて考えてみれば、そこを遡行するだけでも簡単な事ではないはずだ。全員を無事に山頂に導くことが、父親以上にこのパーティリーダーの責任であり決断でいいと確信した。 次女は、右ひとさし指を捻挫していた。長男も、子供会のレクリエーションで手首を捻っていた。長女は、これが沢デビューとなる。ママは日増しに腰痛がひどくなり、かかりつけの病院で少し強めの薬をもらった。更年期の自律神経失調症の症状がある。ここ数日、辛そうな顔で、家事だけでなく学校PTA関係の所用や、行政主催の会にも出席していた。前夜、神経の高ぶった私は、彼女を叱咤してしまった。自分勝手な言い分で怒鳴ったのかも知れない・・・いやきっとそうだ。私は、明日の沢登りのモチベーションを保っていたかった。強引なまでの意見も、すでに前夜から遡行中の緊張感と同じレベルに引き上げたかった。 この家族という単位がそもそもの大きなリスクなのであるが、だからこそ挑戦し達成感を共有したいと考えた。考えられる危険や心配事、それを上回る安全対策・技術、そして私の圧倒的なリードと判断で、当たり前のように山頂へ至る・・・それだけだ。
自宅出発が1時間遅れた。予想通りである。だから出発予定を5時としていた。尾鈴の登山口に到着し、入念に準備をした。 一端入渓すると、谷は林道から大きく離れ、登山道も無い。後は、地形図を読みながら沢をたどり、山頂を目指すだけである。忘れ物が許される訳がない。全員のハーネスの取り付け具合、スリング・カラビナ・ヘルメット・沢靴を一人ずつ確かめる。 駐車位置から、林道を少し下る。パックリ開いた万吉谷を正面に見据え、沢へと下った。丁度、本流との二俣の地点、堰堤上に降りた。右に暗く分かれているのが万吉谷である。少し歩く際の注意をして遡行を開始した。
歩き始めて、私はすぐに今まで不安に感じていたものがスゥーッと消える心地がした。淵に腰まで浸かり、後を振り向くと、皆楽しそうである。最初の簡単な斜滝はシャワーで登らせる。一応、ロープ確保するが何の不安もなく滝上に達し、水遊びをしている。淵を見れば、次女は必ず泳いで滝下まで行く。長男も続く、沢デビューとなる長女にも一頃の無邪気さが戻り、奇声を上げて楽しんでいる。行く手を塞ぐ岩壁や滝が来ると、ママが緊張する。進む毎に変化を見せる谷は、それはそれは神秘的である。大きい岩がゴロゴロ転がっていたり、両側を岩壁が迫ってきたり、迫力の滝に圧倒されたり・・・。
小滝を次々と越していく・・・。
今回、一番楽しみにしていたのは、10mの滝の登攀であり、100m・40m・200mと続くナメ滝である。それは、私が家族にぜひ経験して欲しかった場所である。その景観の中に、家族全員がいる・・・とれだけで深い価値があると思ったからだ。 10mの滝を見るのに、手前で少し高巻きをして全景を楽しんだ。ママの不安げな顔も印象的だが、私を頼り切っている子供達は、案外落ち着いて見える。 「登るの?」 「ああ!」 傾斜的には滝の流れの中を右上にたどれば階段状であるが、子供には水圧が無理かと判断した。傾斜のきつい登攀的要素の高い左を登れば、確保されていれば振られる事も少ないと判断した。私が登るところをよく見ておくようにと注意し、ロープを引く。ここだけは8mm20mのロープでは都合が悪く、長男に背負わしていた9mm50mを取り出した。50mの長さは、滝上での確保支点までの問題と、ロープ中間部にエイトノットを作り斜めに上下させるないといけないので、一人が登り終わって下にその中間部を下げるのに便利が良かった。結局50mロープは、ここの滝のみの使用となったが、持っている事がイザと言うときの為には心強かった。
ナメ滝が見えると、「うわぁ〜!」と声が上がった。見上げながら、行動食・水分を補給する。地形図を確認し、山の会に提出した計画書の事が気になっていた。『午前中に沢を抜けられない場合は、トラバース気味に登山道へ抜け下山します。』と、特記していた。すでに11時が過ぎて1/3程度の遡行距離である。ふと、「沢を引き返す?」と頭に浮かんだが、楽しそうな元気一杯の子供達を見ていたら「よし!」と腹に力が入った。 後は、計画通りの沢筋をたどり、傾斜のついた左俣を確認した。ここからは登るペースを上げるために、次男のハーネスに長いスリングをセットし、それを私が握って歩く。
高度960m地点から支流へ入る。ここから高度差450mを登らなければならない。時刻はすでに12時50分。読図通りなので、とにかくケガしない様慎重に行く。沢水がだんだん少なくなり、傾斜のきつい沢登りになるが高度を稼げる。振り返れば神陰山に雲が集まり、次第に空が暗くなって来た。さっさと行動食の『どら焼き』を口に押し込み、降り出す前に沢水をペットボトルに確保した。
いよいよ沢も涸れてくる・・・
一気に降り始めると雷まで鳴る。沢だが、すでに涸れ沢の状況なのでかえって涼しくて気持ちいいぐらいだ。体をヒートさせずに助かった。 左の尾根を気にしながら登っていると、歩きやすそうな自然林の尾根道である。左に少しトラバースして尾根に乗る。危険な個所もすでに通過したと思えば、一気に疲れが出てしまった。子供達のうるさくも心強い歌を聴きながら、登り詰めてひょっこり左からの登山道に出た。
踏み固められた登山道の、なんと歩き易い事か・・・。走るように尾鈴神社の鳥居をくぐる。子供と手を合わせ無事を感謝した。遅れてママも到着。疲れ果てた顔をしていた。かける言葉が見あたらなかった。 山頂標識へ移動し、皆と握手した。緊張の和らぎと、このメンバーでやり遂げた充実感に、思わず目頭が熱くなってしまった。なんとか涙を我慢して、集合写真を写した。
降っていた雨も、いつしか上がり静かな山頂である。 沢靴を脱ぐと、皆の足がシワシワになっている。それがおかしくて、子供と笑う。おにぎりを頬張りながら、こんな子供達のどこにパワーがあるのだろう・・・と感心した。私のワガママな提案に反対せず、そしてやり遂げる強さを持っている。大したものだと思う。しばし、誉める私に「おとうさん、誰が一番頑張った?」と、誉めてもらいたくて次男が聞いてきた。「ママやね!」と答えた。 大幅に予定時間をオーバーしたので、慌てて山の会の会長に電話を入れる。電波状態が悪く、留守電に山頂到着の報告を話したのだが、何を言ったのか判らなかったらしく、その後何度も会長からのコールが私の携帯に入るが、話せない。場所を移動してつながった時、「何を言ったか判らず、沢だったから何かあったのかと思って心配したが!」と言っていた。状況を報告できひとまず安心。 登山道を下山するので、気持ちは軽い。私は次男の手を握りながら歩く。すぐ後を次女、長男、ずいぶん遅れてママと長女の順になる。少し歩くと、遅いママと長女を待つ。また、雨が降り出す。こんどは雷に加えてドシャブリである。下山の雨は少し寒い。次男が震えるので雨具を着せる。
登山口を迎える頃、また青空が見え始めた。 ハンドルを握り帰路をたどる。私は、今回の計画が上手く行った事は、決して偶然ではないと思っていた。今日の一つ一つの行程を振り返りながら、どの動作も装備も、家族で積み上げてきた経験に基づく結果だと思っていた。しかし、それを当たり前の様にやり遂げた娘や息子、そしてママ・・・最高の家族だ!
自宅6:20----甘茶滝登山口7:20----出発7:48----万吉谷入口8:15----10m滝10:15----ナメ滝11:28----960m左支流12:50----尾鈴山頂16:00----休憩----下山16:35----駐車位置18:20
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