水流渓人「hot-news」

2005年5月4-6日 「SAGA佐賀/家族旅行」佐賀県

 


 
  

  
突然決まった佐賀旅行・・・
  
【5月3日】
仕事を終え、夕食・入浴後出発〜高千穂〜高森〜俵山登山口駐車場泊
 
【5月4日】
俵山登山口駐車場〜山鹿〜吉野ヶ里遺跡〜佐賀城本丸歴史館〜博物館・美術館
〜有田陶器市〜黒髪山登山口・竜門ダム駐車場泊
 
【5月5日】
竜門ダム駐車場〜唐津・虹ノ松原〜唐津城〜近松寺〜唐津駅付近散策
〜呼子〜国民宿舎・いろは島
 
【5月6日】
いろは島〜佐賀市〜鳥栖アウトレットモール〜阿蘇〜高千穂〜西都・自宅
 

 ずいぶん悩んだ。休める日程も不安だったが、かつてない家計経済状況は、聞くと暗雲たち込め・・・(-o-;)ってな具合!食べれるだけマシ(-_-メ)!と気分を入れ直し、あるだけマシ(-_-#)!の小型連休とはいえ、普段、平日にしか休めない身上・・・やはりこの連休・・・家族全員で出かけるという価値観には代え難く、土壇場で「佐賀県」への旅行を決定した。
 
 佐賀に旅行・・・と、人に言ったら「あの旅館が景色がいいよ!」「あそこの名物は海産物だから!」「陶器市は露店より専門店の方が・・・!」「嬉野なら・・・。」たくさんのアドバイスを頂いた。ザケンジャネー!!・・・いや、ザンネンジャネー!?である。家族6人で、いくらかかると思うんですか(>_<)?である。宿泊は野宿ですよ!タダですよ!食事?近所のスーパーで買ったカップ麺とかパンとかっすよ!チト贅沢して、ファミレスの399円の昼定食かな!だけど、そんな事言っても、そこまでして出かけるなんて想像もつかない人の方が多いのかもしれない。都合の良い事に?かわいそうな事に?我が家の子供達は、車やテントで野宿する事も、地域の名物を食べる事無く車の中で安く済ます事も、決して侘しいと思うことは無い\(^o^)/。そういう旅行が出来るから出かけるだけで、1人2泊3日/3万程度の旅行ツアーがあったとしても、私も家族もそれを選ぶことは無いと思う。
 夜、テントやシュラフを積み込み、闇に向って我が家を出た。闇に私達家族は、今回もこうやって家族で旅できる幸せを強く感じていた。
 
 高千穂を過ぎ、阿蘇の外輪山を抜け高森の夜景が見えた。その闇の向こうに、悠然と阿蘇五岳が鎮座するのが想像できた。

  

 
 

 朝、5時半に目覚めた。駐車場に張ったテントから顔を出すと、ドッと俵山!皆をたたき起こして、ひとりはしゃぎ回る浮かれた親父である。自宅から持ってきた「オニギリ」に勝る物は無い。シュラフをネジネジと包めながら、「さて、どこを通って、どこに行こうか?」と、マップル「佐賀・有田・伊万里」の旅本を引っ張り出した。ここまで来て、旅の計画を立てるのも醍醐味と言えば醍醐味であり、無計画と言えばそうかも知れない。
 フト気付くと、何を意味するのか赤と白のツツジ?を日の丸の形に植えていある。これは醍醐味?計画的?・・・いやはや驚いた行為(@_@)・・・我が家の旅と同じかも(^^;)・・・見て感動する人がいればそれも驚きだが、旗日だけ咲くツツジであれば偉大だなぁ〜なんて思う無意味な視界である。
 なんだかややこしくなってきたので、雑感から脱出しなければ・・・。いや、このHPなんざ雑感の塊みたいなもんだし・・・。そう言えば、テーマは「佐賀」である。どうして佐賀であるのかと言えば、6年生の長男の社会『縄文・弥生時代』が転じ、『吉野ヶ里遺跡』と成った事を思い出した。
 ・・・で、まず行き先が、持参した「オニギリ」を食べながら、俵山のツツジの「日の丸」を見ながら決定したのだから、あの日の丸ツツジは案外スゴイのかも知れないなぁ・・・(-_^;シツコイ!
  

さぁ到着!「吉野ヶ里遺跡」
早朝からの行動で開門直後に到着 職員さん扮する卑弥呼ほか弥生人と
    
 吉野ヶ里遺跡は、600年続いた弥生時代全ての遺溝・遺跡が発見されている。復元は、弥生時代後期を想定してあるそうだ。南内郭の物見櫓から北内郭を見る。
      
北内郭は、まつりごとが行われていた重要な場所 北墳丘墓・甕棺墓列
  

 展示室を出たところで、職員の方が「吉野ヶ里探検!クイズラリー」なるイベントの説明をされていた。用紙をいただき、クイズに答えながら歩く。周囲に見えている背振の山々と青空〜!家族で歩いているなぁ〜と思うと、嬉しくなってしまった。入場料【大人400円・小人80円】

   

佐賀市内へ向う

  
佐賀城跡「鯱の門」国重要文化財 佐賀城本丸跡歴史館

 佐賀城本丸御殿は、天保9年(1838)佐賀10代藩主「鍋島直正」により再建され、本丸敷地全体に建物が建ち並ぶ巨大な建物群だったが、その内いくつかの建物を復元し、佐賀城本丸歴史館として利用されている。総工費30数億円、年間維持費1億円とか?!・・・。施設・展示物・書籍ともに充実した内容は、一度の訪問では見つくせない程。しかも入場料無料である。

急ぎ、有田市を目指す・・・

有田陶器市会場内に張ってあったポスターの一部

 賑わいを見せる陶器市会場に到着した。町内一円が会場となっていて、駐車場を探すにも一苦労・・・。4時近くになっていたので、思い切って会場側を探してみたら、結構近い位置で駐車(500円)出来た。
 陶器市は、一度は来て見たいと思っていたが、見て歩くうちに重大な事に気付く。私は大して陶器に興味が無いということだ。自分では作ってみたい焼いてみたいと思うのだが、陳列し販売されている物に興味が湧かなかった。ママは、結構陶器が好きなのだが、財布を預る身として真剣に見ても買えない・・・と思っていたのだろう。あまり手にとって見ている風でもなかった。まっ、記念だから・・・と、子供達に200円程度の茶碗を1個ずつ選ばせる。 今朝早くから行動しているので、少しお眠り・お疲れモードの次男が面白かった。腹が痛いから歩けないと言い出した。少しすると、スーパーボールを買って貰えれば腹が痛いのが治ると言い出した。こういう訳ワカメ(訳のわからぬ事)な事を言うのは、我が家では『バブる』という。バブちゃんみたいにダダをこねる事を言うのだが、次男のバブりはエスカレートしていった。小学4年生のバブりは筋金入りだ!人ごみの会場で、挙句には『おんぶしてくれ!』と言うので、喜んでおんぶしてあげた。横を通るおんぶされた3歳児から指を指されたが、彼のバブりは筋金入りである。
「なんやここは、どこまで行っても皿とか茶碗ばっかしやが!ボクはもう皿とか茶碗は見たくネェっつよ!」
と叫ぶ始末・・・。カワイイ小学4年のバブちゃんは、また来た通りをそのまま引き返す事、更に30分・・・。『皿は見たくネェ!』と叫んだ!男だ(^_-)〜☆! 

 
そのまま黒髪山の登山口になっている「竜門ダム」を目指す!
  

 そもそも、黒髪山は弘法大師に開山され、そこにやってくるお遍路さんの立ち寄る有田では、窯元や商家の人達が、半端物や等外品を店先で売っていたそうで、陶器市にも通じる風景であったそうだ。そんな思いを馳せながら、竜門ダムへ向う・・・。駐車場で周囲の景色を楽しみ、日暮れと同時に車内は、ダイニングとなっていった。ビールの肴にサラミをナイフで切りながら、子供達も一緒になって食べ、メインディッシュのカップ麺まで行くと、そのまま車とテントに分かれて轟沈!!

そして唐津へ
   

 有田の竜門ダムで、夜明けと共に目が覚める。お湯を沸かし、スープとパン、温めるだけご飯にフリカケ・・・で朝食。唐津へ向うと、唐津城の開館時間まで「虹の松原」へ向う。砂浜へ。

駐車場からは地下道を通って 家宝「集合写真」唐津城
      

唐津城より「虹の松原」
続いて唐津市内〜呼子
   
近松門左衛門ゆかりの「近松寺」 唐津焼
  

 虹ノ松原の砂浜では、子供達は楽しそうに遊んでいた。海に貝を投げ込んでみたり、貝拾いをいたり、砂に穴を掘ったり・・・。少ししんどそうにしているママは車内で見ている。車に戻り、2日入っていない風呂をどうしようか?と話していた。折角来たから、海の幸も1度ぐらいは食べたいナァ・・・。と話していた。波打ち際ではしゃいでいる子供4人を眺めながら・・・。
 温泉料金とか、食事料金とか・・・、今夜の雨の予報とか・・・。言わずもがな、手にマップルガイド本を握り開けば、13Pの「宝珠の宿に泊まる」コーナー。伊万里湾に浮かぶ大小さまざまの島からなる「いろは島」を一望する展望大浴場が掲載されていた。「国民宿舎いろは島」と記され、1泊2食付6、765円が目に止まる。「連休だし空いているはず無いよなぁ・・・。」と言いつつ、電話をしてみる。「キャンセルが出ていますよ〜!」の返事に、間髪を入れず予約を入れてしまった(大出費!!)。まぁ、呼子で食事せず、1日早く帰宅・・・という段取りに変更やなぁ・・・。

  
呼子の回転イカ干し機 イカイカイカイカイカ・・・・・・でも食べず!
   
豊臣秀吉の朝鮮出兵の拠点「名護屋城跡
今回、一押しの場所!!
本丸跡より遊撃丸を見る

    

名護屋城博物館 城跡から「呼子大橋」

名護屋城は、豊臣秀吉が文禄・慶長の役に、出兵拠点として築いた城。1591(天正19)年築き始め、諸大名への割普請によってわずか数ヶ月で完成した。面積は約17ヘクタールで、当時、大坂城に次ぐ大きさで、金箔の豪華な天守閣は、まさに天下人の城であった。

  
大規模な改修跡が見られる 本丸を歩く。先頭はママ(^-^)
   
本丸跡から、壱岐対馬方面を望む。うっすら壱岐が見えていた。
伊万里湾「いろは島

国民宿舎「いろは島」は、絶景地に建つ。
  

段々畑が海に続いている

 部屋は303号室。窓からの景色は、予想通り・・・\(^o^)/。青空だったら、夕日が綺麗だったろうなぁ・・・と思いつつも、天気が良ければここに泊まらず野宿だったはず!家族全員で宿に泊まる・・・を思い起こせば、9年前の阿蘇の国民宿舎以来である。と言う事は、次男妊娠中で、6人家族では初めての事である。6人「川の字×2」になって寝るのも初めての事である。
 さあさあ・・・温泉!温泉!。さあさあ・・・夕食!夕食!布団を敷いたり、ゲームをしたり、テレビを見ることですら子供達は、大はしゃぎであった。薄ら寒い懐に手を当てるより、この状況を楽しまなくては・・・と、妙に意識したがすでに9時には夢の中であった。野宿と同じ(^o^;)
 早起きして、長男と朝風呂。朝食!朝食!と、あわてて行くとまだ準備中!
 
 行き当たりばったりの無計画旅行も、来て良かったと思った。本当に、どこか出かける度、大切な思い出となり、財産となる。家族全員で行動するということのかけがえのない行為は、一つ一つの思い出が輝きを増す。

振り返り、いろは島を後にした。
  
ひたすら自宅へ
阿蘇は霧の中 帰路、日向市道の駅付近で愛車デリカは、走行距離20万キロを突破した。
盆休みは何する?・・・と、気の早い親父(-_^;
 

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