2003年10月22日 「比叡III峰/左方カンテ・バリエーションルート」宮崎県
しばらく小松の親分と2人クライミングが続いたが、久しぶりに川キョン@師匠が同行である。3人揃えば「III峰へ行くぞ!」と、空元気コールを叫んでいた私としては、ヒビッてもいた。(-_*) 秋晴れの快晴ぃ〜!私の自宅へ来た川キョンは、訳あって愛車「ハイラックス・サーフ」ではなく、代車の軽自動車で登場である。そして、小松の親分との待ち合わせ場所へ・・・・いざ。なんと、ルートはIII峰・・・・それは判っている。私の頭の中には、『ボクちゃんのIII峰デビューなのだから、軽く左方カンテ・ノーマルじゃろなぁ・・・^@_@)y-~~』と、思いつつ・・・・「今日は・・?」と、聞こうとした瞬間、「今日は、左方カンテ・バリエーションやったがね!d(-_^)good!!」と、勝手に川キョンと小松の親分で話が決まっているではないか(^.^;) 念のため「VII-級がある所ぢゃなかったかぁ?」と聞いたが、「うん、左方カンテ・ノーマルは、この前登ったし、新しい所に行きたいが・・・どうせなら(^。^)」と・・・。
1P/VI+・・・小松の親分がオンサイトでビレー点から「登って良し。」と声をもらう。簡単なフェースを直上すると、左コーナーをレイバックで直上する。ハングに頭がつかえそうになりながら、左へトラバース・・・(@_@)と言ってもスタンスが無いのでハンドトラバースハンドトラバースハンドトラバース・・・、初めてやってみる・・・というか、やらねば先へ進めない(@_@)。1Pで、早くもパンプしそうになりながら何とかクリア。 2P/V+・・・凹角をまたまたレイバックで上がり、段違いをへんてこなムーブで乗り越す。へんてこ・・・と言うより、傍目に「不恰好に・・・」に乗り越すとスッキリし過ぎたスラブとなる。クラックにバランスをとるようにホールド・スタンスをとり登るが、のっけからのVI+級の後なので、V+級なのにやさしく感じる。 そして核心の3P/VII-・・・、ただものではないぞ!と、小松の親分のチャレンジを見て思った。ビレー位置から左に出て、バンドクラックに張り付く、開いているクラックなのでホールドが決まらず、2度クライムダウンした。彼は私と違い、あくまでもフリーでのトライにこだわる。ピンが5m上にしかないので、フレンズで支点をとっている。とうとう、3度目のクライムダウンの時パンプして2mフォールした。ここからさらに左へ回り込むと、「比叡の果てルート」のVI級である。レストしながら、そちらにしようかと言う小松の親分の目は、確かに諦めていなかった。「エーゼロでもいいかぁ・・・。」と、また取り付く。フレンズを摑んでずり上がると、とうとう登りきってしまった。川キョンが取り付く。そして、私。エーゼロでも厳しいことこの上ない。あわててナッツを摑んでしまい、外れなくなった。気を落ち着けてフレンズを更に上にセットしなおし、ようやくナッツが回収できた頃には、完全に腕の力が無くなっていた。この厳しいクラックにして、この傾斜である。正直言いますわい(-_-メ)3回ズリ落ちました。でも、極上の楽しさだったんぢゃわい(*^o^*)
5P最終ピッチのコーナーを見下ろす。レイパックでズリス゜リと上がっていくと、指が差し込めなくなる。フレーク気味のホールドを取り直し、左の小テラスに抜けるところが核心かなぁ・・・(-_-メ) 上から、小松の親分が「右足を遠くの凹角にとって、右を上げるといいっちゃがぁ・・・。」と言うので、やってみると足の長さが違うので、股裂きの状態(◎_◎)・・・戻りも出来なくなり、両手でとった岩角のホールド・・・あぁ・・・手の力がぬけるぅ・・・っとテンションしてしまった。「セーノォ!」でなんとか左に重心を移しズリ上がって終了点を迎えた。
私の実力を越したルートだった。クライミングをした人は解かると思うが、一番大変(本当は楽しい)のはリードすることで、続く後ろはロープで確保されているので意欲さえあればたどり着けるのである。そんな記録なのだが、私はそれでも満足だ。今は、岩に触り、必死で登り、クライミングの事だけを仲間と熱く話している瞬間が好きだ。そして、それを今後何につなげて行きたいのか・・・、おぼろげに見えてくるそんな目標も私にはある。
5:30自宅発----6:10都農神社---8:00比叡・登山口--8:45登攀開始--11:40 3P終了--141:40登攀終了点----昼食---15:25下山開始------15:40下山終了----門川温泉----16:40自宅着
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