2002/08/07
水流渓人のOut-Door日記「日本一の石段/御坂遊歩道3333段」

熊本県中央町 位置

全長2900m、標高差620m。
日本一の石段登りに挑戦してきました!



宮崎から高速道に乗り「松橋IC」で降り、右折19q先です。



「御坂遊歩道」3333段の始まりです。
標高240b

 御坂遊歩道『日本一の石段』 

 この石段は、1200年の歴史を秘めた由緒ある釈迦院の表参道である御坂に日本一の石段を建設し本邦屈指の観光施設とすることはもちろん、世紀の文化遺産として後世に残すと共に町の活性化を図る為の新しい観光の目玉づくり、町おこしのシンボルを担ったものであります。
 石段建設は、昭和55年1月から着手し、昭和60年11月には山形県羽黒山の2,446段を抜いて名実とも日本一の座に着き昭和63年3月に完成し総段数3,333段であります。この石段には全国各地の名石のほか、中国、韓国、インド、ロシア、ブラジル、アメリカ、南アフリカなど世界各国の御影石を使用し、国際親善並びに友好の絆を結ぶとともに歴史の探究及び健全な観光レクリエーション施設としての利用を図るものであります。
【中央町立中央中学校のHP/中央町のいろいろより】

歩き始めてすぐある「水飲み場」

1000段目、次男ゲット!

1500段目、長男・次男ゲット!

負けられぬ!と、長女2000段目ゲット!

たまにある石畳は、勾配緩くホッとする。

意地になって親父3000段目ゲット!

もうすぐだそぉ〜!

あそこが終点だぁ〜!

3333段目は、全員でゲット!

展望所

 登り始めて気が付いた。実にきつい。いきなりの急登と、単調すぎる足の上げ下ろしである。しかも、標高差が620bとなると、登山なら立派な行程である。ママがへばった。1000段まで行ったら、どうするか考えると言い出した。長女も、家に帰りたい!止めたい!と言った。小さい弟が楽しそうに1000段・1500段と一番にたどり着いた。
 ママには、2000段まで行ったらどうするか考えてみたら・・・と言った。しかし、2000段は半分を過ぎている。体もだんだん慣れてきた。「今日、止めてまた来るか?」「いや、2度は登りたくない。」「じゃ、行こう!ゆっくりでいい。たくさん休みながらでいい!」そして、たどり着いた。
 長女には、彼女の性格を確認させた。やり始めは勢いがいい。次第に自分で別の方を見て、今から逃げようとする。「やり遂げないで情けなくないか?なにくそ!って思わないか?自分に勝てなくて他人と競争なんてできるか?」いつものムッとした態度のままペースが上がり始めた。もう、私には追いつけないのも分かっていた。
 長男は、実に軽やかにふざけながら、歌いながら、走りながら段数をかせぐ。去年から始めた水泳のおかげで、山での持久力はすさまじく向上した。そして、息が乱れなくなっている。だからいつまでもやかましく歌い続けている。変なヤツである。
 次男の歩きには、心配と期待があった。彼の左足は、少し運動機能が悪い。びっこを引くように歩く。大きく内股に歩く。治らない。悪いのが判った頃、私はショックだった。しかし、それを思い直させてくれたのは、姉や兄のへだてない厳しさと、協力であった。幼い姉兄が自然体で彼に接している。私だけ、マゴマゴと感傷に浸っている場合ではないと再認識させられた。そして、43山の山頂に立った。そして、今日もなんの心配もなく3333段を上りきった。
 3332段目で、私と長女は止まった。後から来ているママと長男・次男を待った。全員で、3333段を踏んだ。展望台で涼しい風に吹かれながら、いつまでも家族で歩き続けたいと思った。それは、別にスタイルを「登山」にこだわる必要もないと思う・・・。

                     【いつもいる次女は、今日から大阪の祖父母の所へひとり旅へ出かけた・・・】


展望台からの遠望

石段の横で見かけた花達


ヤブミョウガ


キンミズヒキ


???


ミズヒキ


ツリフネソウ


ヘクソカズラ

 


帰路は、高千穂経由で・・・

熊本県矢部町

矢部町では、1月遅れの七夕祭り

通潤橋を見る

宮崎県五ヶ瀬町

うのこの滝」五ヶ瀬町
水柱40m 、滝つぼ面積約5,000平方メートル

はいはい、いつもの水流一家の夕ご飯「野食」

この日の走行距離・・・420q

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